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うっせぇわ

 202010月にリリースされ、それから約9か月経った今でも話題が絶えないAdoの「うっせぇわ」。先週頃はテレビ生放送初出演(声だけw)が話題になっていたが、先日も「うっせぇわ」の歌ってみた動画がニュースになっていた。エリザベートほんと草

 

 ボカロ調のノリの良い曲やAdoの歌唱力等で人気の「うっせぇわ」。しかし、歌詞が幼稚、子供っぽい、痛い、メンヘラっぽい、恥ずかしい……などといったネガティブな意見も多いようで、「うっせぇわ」を不快に感じておられる方も少なくないようだ。

 個人的には「ある種の典型的な心理等が上手く表現されている」と、「うっせぇわ」を好意的に解釈・評価している。(注1)

 

 心理学等のコンテクストから「うっせぇわ」を読み解くと、その歌詞の背景にある種の病的あるいは未熟な心理及び行動が浮かび上がる。(注2)

 具体的には「一切合切凡庸なあなたじゃわからない」「頭の出来が違う」「現代の代弁者は私」「私が俗にいう天才です」等一連の流れからは、ある種の病的あるいは未熟な心理及び行動が連想される。ある種の病的あるいは未熟な精神水準にある者は自分を過大評価・他者を過小評価する傾向が強く、さらにその歪んだ評価を前提に行動する、あるいはその歪んだ評価を正当化するような行動を示すことがあり、その中で「うっせぇわ」の歌詞にあるような誇大性、優越感、軽蔑感、支配感及び攻撃性等が現れることもある。彼らの言動は往々にして“現実から乖離した上から目線”になりがちだ。(注3、4)

 

 又、「なにか足りない。困っちまう、これは誰かのせい」という他罰的(外罰的)な心理も典型的だ。ある種の病的あるいは未熟な精神水準にある者は、妄想的な被害者意識を持つ傾向及び自分が“悪い状態(不安状態等)”にあることの原因を他者に背負わせる傾向が強い。彼らは他者を悪人に仕立て上げた挙句、やれ「私が不安なのはあなたのせいだ」、やれ「私の不快感はあなたのせいだ」、やれ「私の怒り憎しみはあなたのせいだ」、やれ「私の苦しみはあなたのせいだ」、やれ「私の自己不全感はあなたのせいだ」、やれ「私が不幸なのはあなたのせいだ」、やれ「私のあなたに対する嫌悪感も全部あなたのせいだ」、やれ「こんな会社は辞めてやる」、やれ「離婚だ」、やれ「損害賠償だ」、やれ「裁判だ」、やれ「くそだりぃ」、やれ「うっせぇわ」、やれ「その顔面にバツ」etc.とやるものだから、ターゲットにされた相手はいい迷惑である。客観的に見て、彼らは他者の行為が原因で“悪い状態”に陥っているのではなく、先行する“悪い状態”の原因を他者に背負わせている節、“悪い状態”の原因を背負わせる為に他者を悪人に仕立て上げている節がある。(注4、5、6)

 

 自らの誤謬(思考の歪み)及びそれに関連する問題行動等を他者から指摘されると、彼ら(ある種の病的あるいは未熟な精神水準にある者)は屁理屈や事実に反する主張等を並べて言い逃れをすることがある。さらに指摘が続くと、屁理屈や事実に反する主張が繰り返され堂々巡りになったり、屁理屈や事実に反する主張等の内容が変化(二転三転)したり、支離滅裂なことを言いだしたりすることがある。たとえ屁理屈や事実に反する主張等が完全に論破されたとしても、それによって彼らの誤謬及び問題行動等が改善あるいは消失するとは限らない。例えば「アタシも大概だけど、どうだっていいぜ問題はナシ」といった子供じみた居直りに走ることで誤謬・問題行動等が維持・継続されるケースもある。なお、彼らは受け入れがたい現実を直視せざるを得ない状況から物理的に逃げ出してしまうこともあるが、その逃避行動によって誤謬の全体又は部分がその後も維持される可能性は高いと思われる。

 現実世界から退却して、自己中心の空想的・妄想的な世界に引きこもってしまっている者を、この儘ならぬ現実の世界に引きずり出すのは容易なことではない。まして穏やかに、合法的に……となると至難の業である。(注7)

 

 上に記したような言動(注8)はどうしても周囲の人々を不快にさせてしまう。さらに、彼らは他者を巻き込んで、あるいは自分と似通った精神水準にある他者と同調したり団結したりしてトラブルを起こすことなどもある為、ますます周囲は不快になる。

 ある種の病的あるいは未熟な精神水準にある者に対して、多くの人は大人の対応をする。好き好んで自分を貶める行動を取る(積極的に相手と同じレベルに降りて喧嘩をする)人などそう多くはないだろう。しかし、ある種の病的あるいは未熟な精神水準にある者の問題行動は一線を越えてしまうことがあり、普段は寛大・寛容な人でさえ時に怒りが爆発してしまったり、スイッチが入ってしまったりすることもある。

 そのような事態にならないよう、私もメンバーの心理・行動には注意を払っており、状況に合わせて相応の処置を行っているつもりではあるが、それでもトラブルが起きてしまうことはある。

 過去一部のメンバーの問題行動等に際して、サークルの一員として自発的・能動的に行動してくれたメンバーには、この場を借りて深く感謝申し上げたい。

 

 作品の批評等は判然としない部分をどのように解釈するかで内容が大きく変わってしまうこともあり、又、批評等を行う者の知的レベル及び精神水準等も各自異なるため当然意見が分かれることなどもあるが、今回は集団を運営する立場から「うっせぇわ」について簡単に触れさせていただいた。

 

 

注1)過去に「うっせぇわ」の歌詞と本質的に同じ状態にある方をサークルで受け入れた経験等が何度かある為、「うっせぇわ」に不快感を覚える方々のお気持ちも理解できる。

 

注2)この文脈における「未熟な心理」とは、本来は乳幼児等が用いる心理のことである。

 

注3)彼らには“言い訳がましい控え目な言動”が見られることもあるが、根っこにある心理は同じである。

 

注4)ある種の病的あるいは未熟な精神水準にある者が呈する諸々の誤謬あるいは歪んだ認識については、①病的な「妄想」あるいは「妄想様観念」であるとする見解、②不安を軽減する心理メカニズム(特に病的あるいは未熟なタイプのもの)が働いているとする見解等が妥当であると思われる。又、専門家によっては「〇〇障害的特性」「〇〇〇的傾向」などといった表現を用いる場合もあると思う。(具体的な状況及びその状況を解釈する文脈等による)

 

注5)「うっせぇわ」の歌詞を「真っ白の被害者が真っ黒の加害者に怒りをぶつけている」とする極端な解釈は個人的に違和感を覚えるが、「誰かのせい」という判断について「部分的に真である可能性はある。(そのような側面がある可能性も無きにしも非ず)」とする解釈は可能である。

 しかし、いずれにせよ「『うっせぇわ』の歌詞はネガティブ(病的あるいは未熟)なニュアンスを帯びている」という解釈を覆すのは難しいだろう。

 

注6) 「あなたが思うより健康です」という歌詞も、いかにも精神を病んでおられる方が口にしそうなセリフだ。(病識欠如もしくは病識不十分)

 

注7)自己中心の空想的で妄想的な世界に引きこもってしまっている者について、彼らの場合は『引きこもり』と言っても必ずしも孤立しているとは限らず、似通った精神水準にある者同士が傷をなめ合うように空想的・妄想的な世界を共有しているように見受けられるケースも少なくない。

 

注8)ある種の病的あるいは未熟な精神水準にある者は現実と非現実(理想、願望、空想等)を区別するのが難しい状態にあり、その言動は事実、論理、状況、関係性、身の程等を逸脱する傾向がある。例えば、人並み以下の凡人が自分を英雄視してヒーローのように振る舞う、雑魚が大物のような態度を取る、本来は口を利くのも憚れるような格上の相手を格下扱いする、初級者レベルの者が上から目線で上級者・プロ・チャンピオン・指導員等をディスる、初級者レベルの者が指導員を指導する、実際は完敗しているにもかかわらずその事実を否認して上から目線の言動を繰り返す、上級者に手加減してもらっている状況においてニヤッと上から目線の笑みを浮かべる、自分のレベルの低さが露呈すると「あなたが悪いことをした!」と怒りだしたり 幼稚な言い訳をしたりする、相手の言行を一々悪いように受け取ってネガティブなリアクションを呈する、大のおとなが子供じみた嫌がらせをする、自らの非により相手に損害を与えた状況にもかかわらず反省や謝罪をするどころか高慢な態度を取ったり被害者のように振る舞ったり攻撃行動を示したり正義の味方を演じたりする、加害者が被害者を相手に訴訟を起こす(好訴妄想的事例)、悪い結果(状況)は誰かのせい、良い結果は自分の手柄、どう転んでも[自分=良い存在][相手=悪い存在]ということになってしまう、幼児的な逆ギレや責任転嫁、嘘と屁理屈を並べて自己肯定・他者否定、自分に都合の良い物語(虚構)を作り上げる、自分に都合の悪い事実は無かったことになってしまう、自分の都合等に合わせて話の内容が二転三転する、支離滅裂な言動etc.といった類の頓珍漢(とんちんかん)な言動等がこれに該当する。

 なお、過去にうpしたエントリー「問題行動に対する影響(格闘技セラピー 補足)」に記載した事例Bにも“ある種の病的あるいは未熟な傾向”が顕著に見られた。なお、彼の場合は訂正不能(即ち「妄想」)の状態にあった為比較的重症であったと考えられる。

 又、同じく過去のエントリー「“超”総合格闘技」に登場した統合失調症の男性にも“ある種の病的あるいは未熟な傾向”が窺えた。杞憂とは思うが誤解の無いように補足をすると、この記述は[うっせぇわ=統合失調症]という意味のものではない。

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