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裏返し

前回のエントリーに「人や物事を上辺だけで判断することはできない」と書いたが、人の上辺にあらわれているものは<裏返し>であることも少なくない。

自信がありそうに見えるのは、自信がないことの裏返しかもしれない。

強そうに見えるのは弱さの裏返しかもしれないし、逆に弱そうに見えるのは強さの裏返しということもある。

攻撃行動は不安や恐怖の裏返しであることも多いし、人を貶めるのは劣等感の裏返しということもある。(相手は悪くないのかもしれない)

善人面は性悪の裏返しかもしれないし、分不相応の高慢な態度は低い自尊心の裏返しと見ることができる。

大胆は小心の裏返しかもしれないし、優しさは強さの裏返しかもしれない。

嫌いは好きの裏返し、というのはよく聞く話だ。

優れた人間がピエロのように振舞うこともあるし、賢そうな愚鈍もいる。

あたかも自分がメサイアであるかのように愛を説く人が、じつは自己愛の権化ということもある。

普段はイケイケなのにいざケンカになるとぶるってしまうシャバいやつもいるし、頼りなさそうな人がいざというときは頼りになるということもある。いじめの加害者より被害者の方が本当は強いあるいは優れているというケースも、けっこうありそうだ。

その言行は一致しているか、事実と乖離していないか、矛盾撞着はないか、実際の力量・能力はどうか、思考の歪みはどうか、それは裏返しではないのか等々、そういったところを見ずに上辺だけで判断してしまうと、人や状況を見誤ってしまうことがある。

実るほど頭を垂れる稲穂かな

以前、ある武道の有名な先生とお会いしたことがある。そのときは数十分ほどお時間をいただき、個人的にお話を伺った。

その先生は温和な人柄で、腰が低く、偉そうな態度など少しも見せなかった。そのかたが有名な先生だということは後になって知ったのだが(「先生」というのは知っていた)、その物腰などから私は「もしかしたら、すごい人かもしれない」と思った。そのとき同行した者は何も思わなかったらしいが……

また、これも昔の話だが、トップレベルの武道家と一緒に練習をしていたことがある。彼も少しも威張ることなく、素直で優しい人だった。ニコニコと低姿勢で人に接する彼のことを馬鹿にする者もいたが、見る者が見ればどちらが馬鹿なのかは一目瞭然であった。

ここでは格闘技・武道関係のエピソードを一部紹介するにとどめるが、上記お二人は「実るほど首を垂れる稲穂かな」という言葉を体現しているようであった。

もちろん、逆は必ずしも真ならず。当然のことではあるが、頭を垂れているからと言って必ずしも実った稲穂であるとはかぎらない。それは関係性に応じた振る舞いかもしれないし、幼児的な全能感に囚われた者などが<実った稲穂>のように振る舞うケースもある。上記お二人に対する評価は、実力、実績、言行、お話の内容なども勘案してのものであり、人や物事を上辺だけで判断することはできない、というのは大前提である。

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